東京高等裁判所 昭和57年(く)4号 決定 1982年4月09日
主文
原決定を取り消す。
本件再審請求を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、請求人作成名義の即時抗告書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、原審の審理に際し、請求人に対し弁護人を付さなかったことが違法である、というものである。
ところで、右の論旨に対する判断に先立ち、本件再審請求の対象となっている確定判決を検討すると、記録添付の同判決書謄本によれば、請求人は、天明屋進及び内藤政一ほか一名と共謀のうえ、昭和二三年六月二二日、茨城県稲敷郡龍ヶ崎町内において、楠正房方住居に侵入し、同人及び伊藤富栄に暴行脅迫を加えて現金五千余円と衣料品等九二点を強取し(住居侵入、強盗)、右事件により勾留中の龍ヶ崎町警察署留置場から逃走した(単純逃走)との事実により、同年七月三〇日、水戸地方裁判所龍ヶ崎支部において、昭和三年五月一六日生れの中華民国人石田一夫こと李忠名義で懲役一二年の刑の宣告を受けているものであって、右判決は、昭和二四年一月一日に施行された現行刑事訴訟法(昭和二三年法律第一三一号、以下「現行刑訴法」という。)の施行前に公訴の提起があった事件に関するものであることが明らかである。
従って、右判決に対する本件再審請求手続もまた、刑事訴訟法施行法二条により、旧刑事訴訟法(大正一一年法律第七五号、以下「旧刑訴法」という。)及び日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律(以下「応急措置法」という。)に従うべきものである(最高裁判所昭和三七年一〇月三〇日大法廷決定・集一六巻一〇号一四六七頁)。
そこで、原決定についてこれを見ると、原決定は、その再審事由の有無の判断に際し、現行刑訴法四三五条を適用し、請求の理由がないとして同法四四七条により本件再審請求を棄却していることが明らかである。そうすると、原決定は、決定の重要な部分につき旧刑訴法に準拠しなかった違法があるものとして取り消しを免れないというべきである。所論はこれと異なる理由を主張するけれども、原決定の取り消しを求める結論においては正当である。よって、旧刑訴法四六六条二項前段により原決定を取り消すこととする。
そこで、当裁判所において、同条二項後段により、本件再審請求の当否につき更に裁判をなし得べきか否かを、次に検討する。
記録によれば、(一)請求人作成の再審請求書、答弁書二通、及び「再審証拠提出並びに求意見書」と題する書面、(二)検察官作成の意見書、並びに(三)原裁判所の求意見書(但し昭和五六年六月一八日付のもの)には、それぞれ現行刑訴法の関係条文が掲記されており、このことよりすれば、原審においては、現行刑訴法に基づく再審請求に対し現行刑訴法による審理がなされているものと解さざるを得ない。
しかし、旧刑訴法、応急措置法の定める再審の請求事由、請求手続及び審理手続と、現行刑訴法の定めるそれらとの間には(後者において本人に不利益な再審が認められない点を除いては)実質的にみて殆んど差異がないのであるから、当事者の作成提出した書面の記載内容や現に行われた審理手続が、同時に旧刑訴法、応急措置法上の要件をも満たしている場合には、その準拠した法条が現行刑訴法であっても、これらの手続形成行為はいずれも旧刑訴法及び応急措置法に準拠したものとみなし有効と解するのが相当である。
右の見地に立って本件抗告事件の記録を検討するに、前記(一)ないし(三)の書面は、いずれも現行刑訴法の条文が掲記されているけれども、実質的にみて、旧刑訴法・応急措置法に準拠した場合の効力要件をも具備していることが明らかである。また、本件につき原裁判所のした手続行為としては、当事者から前記(一)、(二)の書面を徴したほかは、裁判所書記官をして水戸地方検察庁龍ヶ崎支部庶務課長に対し本案訴訟記録の存否につき事実上の電話照会をさせた(昭和三三年九月一三日廃棄処分にした旨の回答を得た)のみで、他に事実の取調べなども行っていないことが明らかであって、訴訟法上問題とすべき点は何ら存しない(国選弁護人を付さなかったことが違法である旨の請求人の主張については、後に判断する。)。
以上のとおりであるから、本件再審請求ならびにそれに伴う原審の審理手続は、請求人及び検察官の訴訟行為をも含めすべて有効と解することができるのであって(なお、同様にして本件即時抗告手続も適法と認める。)、当裁判所としては、これを基礎として本件再審請求の当否につき直ちに自判するのを相当と考える。
そこで、さらに本件再審の理由の有無について検討する。
関係記録によれば、請求人が本件再審請求の理由として主張するところは、原決定書の理由欄第一の二、(一)項に記載のとおりであるが、これを旧刑訴法の規定に照らせば、要するに、(一)前記犯罪の態様ないし請求人の役割についての共犯者内藤の虚偽の供述調書が原判決の証拠とされていることは旧刑訴法四八五条一号の、(二)同様の点に関する被害者伊藤の虚偽の証言が原判決の証拠とされていることは同条二号の、(三)原判決が当時一七才の未成年の日本人であった請求人を二一才の中国人として扱っている点は同条六号の、(四)原判決手続に関与した検察官が虚偽の供述調書を作成提出したり、証人に偽証させたこと、担当裁判官が請求人に弁護人を付さなかったこと等重大な法令違反行為をしたことは、いずれも職務に関する罪を犯したことになるので、同条七号の再審事由にそれぞれ該当する、というものである。
ところで、右(一)については、原判決書謄本の証拠説明部分によれば、原判決においてその事実認定に供されたのは、共犯者内藤の供述調書ではなく公判廷における供述であり、(二)の伊藤富栄の証言は証拠とされていないことが明らかであって、いずれもその主張自体失当と言わなければならない。また右(三)については、原判決書謄本、請求人の戸籍謄本及び外地における状況、引揚の状況等に関する申立書に照らすと、請求人は、原判決当時一七才の未成年であったことが認められ、従って、原判決が未成年者である請求人を成人と誤認して、旧少年法(昭和二四年一月一日全面改正前のもの)八条を適用しなかった点において請求人に不利益が生じたことは否めないが、右の如き訴訟手続上の法令違反は旧刑訴法四八五条六号の再審事由にはなり得ないと解すべきである。さらに、右(四)については、検察官もしくは裁判官が職務に関する罪を犯したことの確定判決またはこれに代るべき事実の証明(旧刑訴法四八九条)がない。
以上を要するに、本件再審請求は、旧刑訴法四九七条の要求する証拠書類の添付を欠くか、または主張自体再審事由に該当しないものとして、同法五〇四条前段、五〇五条一項により、これを棄却するのが相当である。
なお、所論は、原決定手続が国選弁護人を選任することなく追行されたことの違法をいうけれども、再審手続については、私選弁護人がない場合に国選弁護人を付することができる旨の規定がない(旧刑訴法四九三条参照)ので、本件再審事件につき原裁判所が国選弁護人を付さなかったことに何らの違法はなく、論旨は理由がない。
よって主文のとおり決定する。
(裁判長判事 岡村治信 判事 半谷恭一 須藤繁)